運動学習とボイトレ|練習しているのに歌が上達しない理由を科学的に考える

はじめに
声や歌については、文章で説明すると、
どうしても分かりにくくなってしまうことがあります。
僕自身も、ボイトレや声について新しい知識を学んだとき、「なるほど」と頭では分かっても、実際に声を出してみるとすぐにはできないことがたくさんありました。
だからこそ、この記事では難しい内容もできるだけ分かりやすくまとめています。
すべてを一度で理解する必要はありません。
「そういう考え方もあるんだな」「これ、自分にも当てはまるかも」
そんなふうに、皆さんのボイトレや歌の練習の何か一つのヒントになれば嬉しいです。
そして、文章を読んでも「自分の場合はどうなんだろう?」と思ったら、ぜひ体験レッスンで直接質問してください。
実際に声を出しながら、一緒に確認していきましょう。
結論|ボイトレは「知識」だけでなく「運動学習」として考える事ができます
「高音の出し方は分かった」
「先生に言われた事も理解した」
「練習もしている」
それなのに、
なぜか実際にはできない。
そんな経験はありませんか?
これは、歌が「知識だけでできるもの」ではないからです。
歌には、
聴く
判断する
声を出す
筋肉を調整する
音程を合わせる
音量を調整する
声質を変える
リズムに合わせる
自分の声を確認する
といった、さまざまな感覚・認知・運動が関係しています。
そのため、ボイトレを考える時には、
「何を知っているか」だけでなく、「何を繰り返し、どのような条件で練習しているか」
という視点も重要になります。
このような「練習によって運動技能が身についていく過程」を考える分野の一つが、**運動学習(motor learning)**です。
歌唱そのものについても、運動学習の考え方を使って歌唱指導を分析した研究があります。
運動学習とは?
簡単に言えば、
練習や経験を通して、動きをより安定して行えるようになっていく学習
の事です。
例えばスポーツなら、
「ボールを投げる」
「ラケットを振る」
「バランスを取る」
などがあります。
歌の場合も、
「この高さの音を出す」
「音程を合わせる」
「一定の音量を保つ」
「声質を変える」
「リズムに合わせて歌う」
など、身体を使った複雑な技能があります。
つまり歌も、
「頭で理解する」→「身体で実行する」→「修正する」→「また実行する」
という学習が関係しています。
「分かっているのにできない」のはなぜ?
これはボイトレで非常によく起こります。
例えば、
「高音で力を入れないでください」
と説明されたとします。
本人も、
「なるほど、力を抜けばいいんですね」
と理解しています。
しかし、実際に高音を出すと、
やっぱり力が入る。
なぜでしょうか?
それは、
知識として理解する事と、身体がその動きを実行できる事は別だからです。
頭では、
「力を抜く」
と分かっていても、実際の発声では、
音程を取る
声を出す
息を調整する
音量を調整する
喉周辺を調整する
自分の声を聞く
などが同時に起こります。
そのため、単純な一言の指示だけでは身体がすぐに変化しないことがあります。
「正しい動きを何回も繰り返せばいい」だけではない
ここは、ボイトレを考える上で面白いところです。
一般的には、
正しい練習を何度も繰り返す
と考えがちです。
もちろん反復は重要です。
しかし、運動学習研究では、
どのような条件で練習するか
も重要なテーマになっています。
例えば、
同じ動きを繰り返す
少し条件を変える
複数の課題を混ぜる
フィードバックを受ける
自分で結果を判断する
などです。
練習方法によって、練習中の成績と、後からどれだけ技能が残るかが一致しない場合があります。
ブロック練習とランダム練習
運動学習では、
ブロック練習
と
ランダム練習
という考え方があります。
例えば歌で考えてみます。
ブロック練習
同じ課題を続けて行う方法です。
例えば、
「高音Aだけを10回練習する」
↓
「次に高音Bを10回練習する」
というような方法です。
同じ課題を続けるため、その場では成功しやすく感じることがあります。
ランダム練習
課題を混ぜて練習する方法です。
例えば、
「Aの高音」
↓
「別の音程」
↓
「弱い声」
↓
「Aの高音」
↓
「別の母音」
のように、条件を変えながら練習します。
こちらは練習中には難しく感じることがあります。
しかし、研究ではランダム練習が、保持や転移などの一部の学習結果で有利になる傾向が報告されています。特に2024年の系統的レビュー・メタ分析では、ランダム練習を支持する効果が全体として確認されていますが、実際の応用場面では効果が小さい場合もありました。
つまり、
「練習中にうまくできる」=「最もよく学習できている」
とは限りません。
では、ずっとランダム練習をすればいい?
ここも注意が必要です。
「ランダム練習のほうが良いなら、全部ランダムにすればいい」
というわけではありません。
研究では、練習方法によって結果が変わり、課題の種類や学習者、評価方法によって効果が異なります。
また、2026年の研究でも、変化を多く入れた練習が常に一定練習より優れるとは限らないことが示されています。
そのため、
「同じ練習」と「変化をつけた練習」の両方を、目的に応じて使い分ける
という考え方が現実的です。
ボイトレに置き換えるとどうなる?
例えば、
「高音が苦しい」
という悩みがあるとします。
最初から曲の中で何度も高音を出すより、
まず、
特定の音を確認する
↓
小さい音量で確認する
↓
音程を少し動かす
↓
母音を変える
↓
前後の音をつける
↓
短いフレーズにする
↓
曲の中で使う
というように、段階を変える方法があります。
これは単に「難易度を上げる」というだけではありません。
同じ声の使い方を、違う条件でも使えるようにする
という考え方です。
「できた状態」を別の条件でも再現できるか?
ここが、僕がボイトレで大切にしたいポイントの一つです。
例えば、
レッスン中には高音が出た。
でも、
家では出ない
カラオケでは出ない
曲の中では出ない
音量を上げると出ない
母音が変わると出ない
前の音が変わると出ない
という事があります。
この場合、
「レッスンではできたのに、家ではできない」
と考えるだけではなく、
「どの条件まで変わると、その技能が使えなくなるのか?」
を見ることができます。
これは、学習した技能が別の状況でも使えるかという**転移(transfer)**を考える上でも重要な視点です。
「先生に言われればできる」から「自分でできる」へ
レッスンでは、
「もう少し小さく」
「今の音は少し力が入っています」
「もう一度やってみましょう」
など、先生からフィードバックを受けることがあります。
これは非常に役立つ場合があります。
しかし、いつまでも先生の指示がないとできない状態では、練習環境が変わった時に困ることがあります。
そこで、
先生から教えてもらう
だけでなく、
自分で気づけるようになる
ことも大切です。
例えば、
「今の高音は少し重かった」
「今は声量を上げすぎた」
「この母音だと楽になる」
など、
自分の声を観察できるようにします。
録音が役立つ理由
そのため、僕は自分の声を録音して確認する方法もおすすめします。
録音した声を聞いて、
「自分では楽だと思っていたけど、実際にはかなり強く聞こえる」
「思ったより音程が低い」
「この部分だけ声質が変わっている」
などを確認します。
これは、
身体の感覚と、実際に聞こえる音を比較する練習
になります。
ただし、スマートフォンのマイクや部屋の響きなどによって録音音は変わります。
そのため、
録音=完全な客観評価
ではありません。
あくまで、自分の声を観察するための材料として使います。
「自分の感覚」を無視しない
運動学習という言葉を知ると、
「科学的にはこう練習すればいい」
と考えすぎてしまうことがあります。
しかし、歌では本人の感覚も重要です。
例えば、
「この音は出しやすい」
「この母音だと難しい」
「この音量になると急に苦しくなる」
などです。
こうした感覚を記録しておくことで、
どの条件で声が変わるのか
を考えやすくなります。
ただし、
「楽に感じる=必ず正しい」
という意味でもありません。
感覚と実際の音の両方を見ることが大切です。
フィードバックは多ければ多いほど良い?
これも単純ではありません。
先生から毎回、
「ここをこうして」「もっとこうして」「今のは違う」
と細かく指示してもらう方法があります。
一方で、
「今の声、自分ではどう感じましたか?」
と、自分で考える時間を作る方法もあります。
運動学習では、フィードバックの与え方や頻度も重要なテーマです。
歌唱教育を対象にした研究では、指示、フィードバック、模倣などが多く使われる一方、知覚トレーニングや説明などの使われ方には特徴があることが報告されています。なお、この研究は成人のクラシック歌唱教育を対象とした小規模な観察研究なので、すべてのボイトレにそのまま当てはめることはできません。
つまり、
「先生が全部答える」だけでも、「全部自分で考える」だけでもなく、目的に応じて使い分ける
ことが大切だと考えられます。
ボイトレでは「説明しすぎない」事も大切?
声については、
「TA筋」「CT筋」「声門閉鎖」「F0」「フォルマント」
など、たくさんの専門用語があります。
知識として学ぶことには意味があります。
ただし、
知識を増やせば、そのまま声が上手くなるわけではありません。
例えば、
「CT筋を働かせる」
と頭で理解しても、自分の身体の中でどのように調整すればいいのかは別問題です。
だからこそ、
知識 → 実際に声を出す → 変化を確認する
という往復が重要になります。
「同じ練習を100回」と「条件を変えて20回」
どちらが良いのでしょうか?
これは、
目的によって変わります。
例えば、新しい動きを覚える最初の段階では、ある程度同じ条件で繰り返すことが役立つ場合があります。
一方で、
その技能を曲の中で使えるようにしたいなら、
音程を変える
音量を変える
母音を変える
前後の音を変える
リズムを変える
曲の中に入れる
など、条件を変えていく意味があります。
運動学習研究でも、練習の変化やランダム性は保持・転移との関係で研究されていますが、効果は課題や状況によって異なります。
歌の場合、「本番に近い練習」も必要
例えば、
家では完璧に歌える。
でも、
人前に立つとできない。
この場合、
「練習不足」
だけとは限りません。
練習環境と本番環境が違うからです。
例えば、
マイクがある
音源がある
周囲に人がいる
立って歌う
緊張する
音量が変わる
自分の声の聞こえ方が変わる
などです。
そのため、
練習した技能を、実際に使う条件に近づけていく
ことも重要になります。
ボイトレで「できない事」を見つけるのも練習
僕は、
「できない事を見つける」
ことも重要だと考えています。
例えば、
高音が出ない。
だけではなく、
「小さい声なら出るけど、大きくすると出ない」
かもしれません。
あるいは、
「上から下へなら出るけれど、下から上へ行くと難しい」
かもしれません。
さらに、
「母音を変えると急に難しくなる」
かもしれません。
こうやって条件を細かくすると、
「何ができないのか」
が見えてきます。
これは、
できない自分を責めるためではありません。
次に何を練習すればいいのかを見つけるためです。
「できない」を細かく分解する
例えば、
「高音が出ない」
という悩みを、
レベル1
その音を一度出せるか?
↓
レベル2
小さい声で出せるか?
↓
レベル3
安定して何回か出せるか?
↓
レベル4
前後の音をつけても出せるか?
↓
レベル5
母音を変えても出せるか?
↓
レベル6
曲の中で使えるか?
↓
レベル7
疲れてきても大きく崩れないか?
というように分けることができます。
こうすると、
「高音が出ない」
という一言だけでは見えなかった問題が見えてきます。
内田のボイトレでは「声を出して確認する」事を大切にしています
僕自身、声について勉強すると、
「理屈では分かるけど、実際にやると難しい」
という事を何度も感じました。
だからこそ、ボイトレでも、
説明だけで終わらせない
ことを大切にしています。
例えば、
「この音でどう変わる?」
「音量を変えたらどうなる?」
「母音を変えたら?」
「下から上がったら?」
「逆に上から下がったら?」
というように、条件を変えて実際に声を出してみます。
そして、
「何が変わったのか」
を一緒に確認します。
これは、単に正解を教えるというより、
自分の声を自分で観察できるようになる
ことにもつながると考えています。
運動学習から考える「ボイトレの練習」で意識したい7つ
最後に、ボイトレに取り入れやすい考え方をまとめます。
① まずは同じ条件で確認する
新しい発声を覚える段階では、条件を整理して確認します。
② 少しずつ条件を変える
音程、音量、母音、リズムなどを変えてみます。
③ できた事だけでなく、できない条件も記録する
「どこで崩れるか」を知ることが重要です。
④ 自分の声を録音する
感覚と実際の音を比較します。
⑤ 先生のフィードバックだけに頼りすぎない
少しずつ、自分でも変化を判断できるようにします。
⑥ 曲の中で使ってみる
単独でできることと、曲の中でできることは別です。
⑦ 本番に近い条件でも確認する
練習と本番の差を小さくしていきます。
まとめ|ボイトレは「正解を覚える」だけではない
ボイトレでは、
「正しい発声を覚える」
ことだけを考えがちです。
しかし実際には、
覚えた声を、さまざまな条件で使えるようにする
ことも重要です。
そのためには、
反復する
条件を変える
自分の声を聞く
フィードバックを受ける
自分でも判断する
曲の中で使う
本番に近い環境で試す
といった学習が考えられます。
運動学習の研究では、ランダム練習や練習の変化が保持・転移に有利になる場合が報告されていますが、すべての課題・すべての人に同じ方法が最適というわけではありません。
だから僕は、
「この練習方法が絶対に正しい」
と決めるよりも、
「今の自分には、どの練習条件が必要なのか?」
を考えることが大切だと思っています。
そして、
「できない」=才能がない
と考える必要もありません。
できない部分を細かく分けて、
「何ができて、何ができないのか」
を確認する。
そこから次の練習を考える。
これも、ボイトレの大切な一部だと僕は考えています。
内田のボイトレ体験レッスン
「練習しているのに、なかなかできるようにならない」
「レッスンではできるのに、家ではできない」
「高音や音程など、何を練習すればいいのか分からない」
そんな方は、実際に声を出しながら、自分の声の変化を一緒に確認してみてください。
文章や動画だけでは分かりにくい部分も、実際に声を出してみることで見えてくる場合があります。
内田のボイトレでは、声の仕組みだけでなく、**「どう練習すると、その声を自分で使えるようになっていくのか」**という部分も大切にしています。
参考文献
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