乾燥すると声が出しにくい?|声帯・湿度・発声努力感の関係を科学的に解説

はじめに
声や歌については、文章で説明すると、どうしても分かりにくくなってしまうことがあります。僕自身も、ボイストレーニングや声について新しい知識を学んだとき、理解に時間がかかりました。この記事が、ボイトレをする上でのひとつのヒントになればと思います。詳しくは内田のボイトレ体験レッスンで、直接ご質問ください。
乾燥すると声が出しにくくなるのはなぜ?
「空気が乾燥すると歌いにくい」「いつもより声を出すのに力が必要」「喉が乾くと、高音が出しにくく感じる」
このような経験はありませんか?
声の出しやすさには、声帯の状態だけでなく、発声時の環境や、本人が感じる発声の負担も関係します。
ただし、乾燥すると必ず声帯が傷つく、あるいは必ず高音が出なくなる、と単純に説明することはできません。
この記事では、乾燥した空気と発声に関する研究をもとに、分かっていることと、まだ断定できないことを分けながら解説します。
乾燥と発声の関係
1.声帯は粘膜に覆われている
声帯の表面は粘膜で覆われています。発声時には、左右の声帯が呼気によって振動し、音のもととなる音響信号を生み出します。
声帯表面の水分環境や粘膜の物性は、振動のしやすさに関係します。
ただし、日常的に「喉が乾いた」と感じることと、声帯表面の状態がどの程度変化しているかは、必ずしも一致しません。喉の感覚だけから、声帯の状態を正確に判断することはできません。
2.乾燥した空気への曝露で、発声努力感が増えた研究がある
Tannerら(2010)は、クラシック音楽を専門とするソプラノ歌手34名を対象に、極めて低い相対湿度の空気を口呼吸で15分間吸入する条件を調べました。
この研究では、乾燥した空気への曝露後、参加者が感じる発声努力感が増加し、その影響が少なくとも2時間続いたと報告されています。
一方、同研究では、発声閾値圧(PTP)に統計的に有意な変化は認められませんでした。
この結果から、特定の条件下では、発声に必要だと感じる努力が増えても、PTPの測定値には有意な変化が現れない場合があると考えられます。
ただし、対象はソプラノ歌手34名で、曝露条件も日常生活の一般的な室内環境とは異なります。すべての歌い手や乾燥環境に同じ結果が当てはまるとは限りません。
3.口呼吸も考慮する必要がある
口から乾燥した空気を吸うことは、声の状態を考えるうえで重要な条件の一つです。
口呼吸と声の関係については研究がありますが、口呼吸をしただけで、必ず声が悪くなると断定することはできません。影響の程度は、環境や個人の状態などによって異なる可能性があります。
鼻呼吸が無理なくできる場面では、鼻呼吸を意識することも選択肢になります。ただし、鼻づまりなどで鼻呼吸が難しい場合に、無理に鼻呼吸を続ける必要はありません。
乾燥すると発声閾値圧(PTP)は上がる?
乾燥すると、必ず発声閾値圧(PTP)が上がるわけではありません。
PTPは、声帯の振動を開始・維持するために必要な最小限の圧力を評価する指標です。声帯の状態や表面の水分環境などが関係する可能性があります。
しかし、本人が感じる発声努力感とPTPの測定値は、同じものではありません。
例えば、声を出すのがいつもより大変だと感じても、測定されたPTPが統計的に有意に変化しない場合があります。
そのため、「乾燥すると必ずPTPが上がる」「PTPが変わらなければ乾燥の影響はない」といった説明は適切ではありません。
歌い手ができる乾燥対策
ここからは、研究の結果を踏まえた実践的な対策です。個々の方法が、すべての人の声を改善すると証明されているわけではないため、無理のない範囲で取り入れましょう。
1.室内の湿度を確認する
空気が極端に乾燥している場合は、室内の湿度を確認し、必要に応じて加湿を検討しましょう。
ただし、湿度を高くすれば高くするほど声に良い、という意味ではありません。結露やカビなどにも注意し、室内環境を適切に保つことが大切です。
2.こまめに水分を補給する
水分補給は、体全体の水分状態を保つうえで大切です。
ただし、水を飲んだ直後に声帯表面が直接潤う、という仕組みではありません。飲んだ水は食道を通り、声帯に直接流れ込むわけではありません。
一度に大量に飲むのではなく、日常的に適切な水分補給を心がけましょう。
3.声が出しにくい日は、無理に押し出さない
いつもより声を出すのに力が必要なときは、音量や練習時間を調整し、無理に高音や大声を繰り返さないようにしましょう。
軽い発声で声の状態を確認し、苦しさが強くなる場合は練習を中断することも大切です。
4.乾燥以外の要因も確認する
声の出しにくさには、乾燥だけでなく、声の使い過ぎ、睡眠不足、アレルギー、感染症など、複数の要因が関係する場合があります。
乾燥だけを原因と決めつけず、症状の経過やほかの要因にも目を向けましょう。
まとめ
乾燥した空気への曝露後に発声努力感が増加した研究はあります。しかし、発声努力感とPTPは同じ指標ではなく、乾燥によって必ずPTPが上昇するとは限りません。
歌い手ができる対策としては、室内環境の調整、適切な水分補給、無理のない発声練習などが考えられます。
大切なのは、乾燥だけを原因と決めつけず、声の状態を観察しながら対策することです。
声の出しにくさや声枯れが続く場合、痛みがある場合は、練習だけで解決しようとせず、耳鼻咽喉科などの医療機関に相談してください。
参考文献
Tanner K, et al.(2010)乾燥空気への曝露と発声努力感・発声閾値圧に関する研究https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20699338/
Sivasankar M, Fisher KV.(2002)口呼吸と発声に関する研究https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12150370/
Sandage MJ, et al.(2014)環境条件と音声に関する研究https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3907455/
Sivasankar M, Leydon C.(2014)水分状態と音声機能に関するレビューhttps://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4157110/


