発声閾値圧(PTP)とは?|歌いやすさとの関係と改善方法を科学的に解説

はじめに
声や歌については、文章で説明すると、どうしても分かりにくくなってしまうことがあります。僕自身も、ボイストレーニングや声について新しい知識を学んだとき、理解に時間がかかりました。この記事が、ボイトレをする上でのひとつのヒントになればと思います。詳しくは内田のボイトレ体験レッスンで、直接ご質問ください。
発声閾値圧(PTP)とは?
「声を出すのに、いつも力が必要」「小さな声でも喉が疲れる」「もっと楽に声を出せるようになりたい」
このような悩みを考えるとき、音声科学で使われる指標の一つが、発声閾値圧(Phonation Threshold Pressure:PTP)です。
PTPは、声帯が振動を始めたり、振動を維持したりするために必要な圧力を考えるうえで重要な概念です。
ただし、PTPが低ければ必ず歌が上手い、あるいはPTPを下げれば高音が出る、という単純な関係ではありません。
この記事では、PTPの意味と発声努力感との違い、乾燥との関係、練習に取り入れる際の考え方を解説します。
1.発声閾値圧は何を表すの?
発声閾値圧は、英語の Phonation Threshold Pressure の略称です。
声帯は、呼気のエネルギーと声帯組織の力学的な性質などが関係しながら振動します。PTPは、その振動を開始・維持するために必要な最小限の圧力を考えるための概念です。
声帯の振動は、単に空気を強く押し出せば起こるものではありません。声帯の組織特性や形状、声門の状態など、複数の条件が関係しています。
PTPを研究することで、声帯がどのような条件で振動しやすくなるのかを理解する手がかりが得られます。
ただし、実際の測定方法や発声条件によって結果は変わり得ます。測定されたPTPを、日常の歌唱における「楽さ」とそのまま同一視しないことが大切です。
基礎となる研究:https://doi.org/10.1121/1.396977
2.PTPと発声努力感の違い
PTPと発声努力感は、関連する可能性がありますが、同じものではありません。
発声閾値圧(PTP)
声帯の振動を開始・維持するために必要な最小限の圧力を評価する指標です。
発声努力感
本人が「声を出すのに、どのくらい頑張る必要があるか」と感じる主観的な感覚です。
例えば、乾燥した空気への曝露を調べた研究では、発声努力感が増加した一方で、PTPには統計的に有意な変化が認められなかった例があります。
つまり、本人が声を出しにくいと感じていても、PTPの測定値が必ず同じ方向に変化するとは限らないのです。
3.PTPには何が関係する?
PTPは一つの要因だけで決まるものではありません。
① 声帯組織の性質
声帯組織の硬さや粘弾性などの力学的な性質は、振動の条件に関係します。
ただし、実際の声から声帯組織の状態を正確に特定することは簡単ではありません。
② 声帯表面の水分環境
声帯表面の水分環境は、声帯の振動特性に影響する可能性があります。
水分状態と発声機能については研究されていますが、乾燥の影響がすべての人に同じように現れるとは限りません。
③ 声帯の振動条件
声帯の形状や接触の状態、発声時の条件なども関係します。
そのため、PTPを考える際には「喉の筋肉が弱いから」と一つの原因に決めつけるのではなく、複数の要因を考える必要があります。
4.PTPが低いほど、歌が上手いの?
必ずしもそうではありません。
PTPは声帯振動に必要な圧力を考える指標ですが、歌唱には音程、音量、声質、リズム、表現、発声の安定性など、さまざまな要素があります。
また、PTPの値だけから、歌声が美しいか、高音が出るか、長時間歌っても疲れないかを直接判断することはできません。
大切なのは、PTPを「歌唱力を決める点数」として扱うのではなく、声帯振動の仕組みを理解するための指標として捉えることです。
5.PTPを意識したボイストレーニング
PTPそのものを、一般的なボイトレの場で直接測定するのは簡単ではありません。
そのため、PTPの数値を直接下げることを目標にするよりも、無理のない発声を探り、声の出しやすさや安定性を観察する方が実践的です。
以下は、そのための練習候補です。いずれも、全員のPTPを確実に下げると保証するものではありません。
① ストロー発声
ストローを使って軽く声を出す練習は、半閉鎖声道エクササイズ(SOVT)の一種です。
声道の出口を狭めることで、発声時の音響的・空気力学的な条件が変化します。ストロー発声は音声訓練で用いられていますが、適切な方法や効果は、目的や個人の状態によって異なります。
練習する場合は、無理に大きな音を出さず、楽に声が出せる範囲から始めましょう。
② リップトリル
唇を軽く振動させながら声を出す練習も、SOVTの一例です。
唇や顎に過度な力を入れず、小さな音から試します。途中で喉の苦しさが増したり、痛みが出たりする場合は中止しましょう。
③ 小さな声で発声条件を確認する
無理のない音量で、声が安定して出るかを確認します。
ただし、小さな声が出せることだけで、PTPが低いと判断することはできません。音量や音高、母音などの条件をできるだけそろえ、声の出しやすさを観察するための練習と考えてください。
④ 苦しさが出る条件を記録する
練習では、次のような項目を記録すると、自分の声の傾向を把握しやすくなります。
どの音高で出しにくさを感じるか
小さい声と大きい声で違いがあるか
母音によって出しやすさが変わるか
練習の前後で声の感覚に変化があるか
これはPTPを測定する方法ではありませんが、発声を観察し、練習内容を検討する材料になります。
6.乾燥とPTPの関係
乾燥とPTPの関係については、研究結果を慎重に読む必要があります。
Tannerら(2010)の研究では、極めて低い相対湿度の空気を口呼吸で15分間吸入したソプラノ歌手34名において、発声努力感の増加が報告されました。一方、PTPには統計的に有意な変化が認められませんでした。
この結果は、乾燥による発声努力感の変化と、PTPの測定値の変化が必ずしも一致しないことを示す例です。
ただし、この研究の条件を、日常のあらゆる乾燥環境にそのまま当てはめることはできません。
乾燥が気になる場合は、室内環境を見直し、適切な水分補給を心がけ、声が出しにくいときは無理に発声を続けないようにしましょう。
まとめ
発声閾値圧(PTP)は、声帯の振動を開始・維持するために必要な最小限の圧力を考えるための指標です。
しかし、PTPと本人が感じる発声努力感は同じではなく、PTPだけで歌唱力や高音の出しやすさを判断することはできません。
ストロー発声やリップトリルなどの練習は、発声条件を探るための選択肢になります。ただし、PTPを必ず下げる方法として断定することはできません。
内田のボイトレでは、数値や理論だけで声を判断するのではなく、音高、音量、声質、安定性、本人の感覚を組み合わせて考えることが大切だと考えます。
声の出しにくさや声枯れが続く場合は、練習だけで解決しようとせず、耳鼻咽喉科などの医療機関に相談してください。
参考文献
Titze IR.(1988)Phonation threshold pressure: A missing link in glottal aerodynamics.https://doi.org/10.1121/1.396977
Sivasankar M, Leydon C.(2010)水分状態と声帯生理に関するレビューhttps://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2925668/
Leydon C, et al.(2010)水分補給と音声機能に関する研究https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20359862/
SOVTエクササイズに関するレビューhttps://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34774370/
Tanner K, et al.(2010)乾燥空気への曝露と発声努力感・PTPに関する研究https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20699338/


