喉頭を挙上すると滑舌が良くなる?|舌・顎・声道との関係を科学的に考える

はじめに
声や歌については、文章で説明すると、
どうしても分かりにくくなってしまうことがあります。
僕自身も、ボイトレや声について新しい知識を学んだとき、「なるほど」と頭では分かっても、実際に声を出してみるとすぐにはできないことがたくさんありました。
だからこそ、この記事では難しい内容もできるだけ分かりやすくまとめています。
すべてを一度で理解する必要はありません。
「そういう考え方もあるんだな」「これ、自分にも当てはまるかも」
そんなふうに、皆さんのボイトレや歌の練習の何か一つのヒントになれば嬉しいです。
そして、文章を読んでも「自分の場合はどうなんだろう?」と思ったら、ぜひ体験レッスンで直接質問してください。
実際に声を出しながら、一緒に確認していきましょう。
喉頭を上げると滑舌が良くなる?
「喉頭を少し上げると、言葉がハッキリする」
「喉を上げた方が発音しやすい」
このように感じる人はいるかもしれません。
実際、レッスンをしていても、
喉頭の位置を少し変えたら、急に言葉が聞き取りやすくなった
という現象が起こる事はあります。
ただし、
「喉頭を上げれば滑舌が良くなる」
と単純に考えるのはおすすめしません。
滑舌には、
舌
顎
唇
軟口蓋
咽頭
喉頭
声帯
発音のタイミング
母音・子音の協調
など、多くの器官と運動が関係しています。
つまり、
喉頭だけを動かして滑舌を改善する
という話ではありません。
そもそも「滑舌」とは?
「滑舌が良い」という言葉は便利ですが、医学的・音声学的にはかなり広い意味を含んでいます。
例えば、
「た」が「か」に聞こえる
「ら」が言いにくい
早口になると音がつながって聞こえる
子音が弱くて言葉が聞き取りにくい
母音が曖昧になる
など、原因はそれぞれ違います。
そのため、
「滑舌が悪い=舌が悪い」
とも限りません。
発音は、複数の器官がタイミングよく協調して動く事で成立しています。
喉頭は「声を出す場所」だけではない
喉頭というと、
「声帯がある場所」
というイメージが強いと思います。
もちろん、それは重要です。
しかし、喉頭の位置は声道全体の形にも関係します。
喉頭が上がると、一般的には喉頭から口までの声道長が短くなります。
声道の長さが変われば、声道の共鳴周波数であるフォルマントにも影響します。喉頭の垂直位置、舌、唇、顎などは声道長や共鳴特性に関係します。
つまり、
喉頭の位置が変わる↓声道の形が変わる↓共鳴特性が変わる↓声の聞こえ方が変わる
という事が起こり得ます。
「聞き取りやすくなった」と「滑舌が良くなった」は同じではない
ここは区別したいところです。
例えば、喉頭が少し上がった事で声の音響的な特徴が変化し、
「声が明るくなった」
「声が前に出て聞こえる」
「言葉がハッキリ聞こえる」
と感じる場合があります。
しかし、
舌の動きそのものが正確になった
とは限りません。
つまり、
発音そのものが改善した
のか、
声の音響的な特徴が変わって聞き取りやすくなった
のか、
を分けて考える必要があります。
高い母音と喉頭の位置には関係がある
興味深いのが、母音と喉頭の位置の関係です。
例えば、
「い」
のような高母音では、舌の位置が高くなります。
研究では、母音の違いによって喉頭の位置も変化する事が確認されています。
また、発話において喉頭位置と舌・声道の運動は完全に独立しているわけではなく、喉頭と調音器官の運動には相互作用があると考えられています。
つまり、
舌を動かす↓舌骨周辺の構造が動く↓喉頭にも影響する
という事や、その逆方向の影響も考えられます。
喉頭と舌は完全に別々ではない
ここが、今回のテーマで面白いところです。
舌は舌骨とつながっています。
そして舌骨は喉頭周辺の構造と筋肉的につながっています。
そのため、
舌の動き⇄舌骨⇄喉頭
という運動的な関係があります。
発話では、喉頭系と調音系が相互作用している事を示す研究があります。レビューでも、喉頭・舌骨複合体がF0だけでなく母音の調音にも関係し、喉頭位置と調音運動には相互作用があると整理されています。
だから、
「滑舌は舌だけの問題」
とは言い切れません。
では、喉頭を上げると滑舌が良くなるのか?
ここで一度、結論を整理しましょう。
「喉頭を上げれば滑舌が良くなる」
これは一般化できません。
しかし、
「喉頭の位置が変わる事で、舌・咽頭・声道の形や音響特性が変化し、結果として発音が聞き取りやすくなる場合がある」
これは十分に考えられます。
特に、もともと発音時に舌や顎の動きが小さかったり、声道の使い方に偏りがある人では、喉頭位置を変化させたときに発音の感覚が変わる可能性があります。
ただし、これは個人差の大きい部分です。
むしろ「喉頭を上げる事」より「喉頭を動かせる事」が重要かもしれない
僕がボイトレで面白いと思うのは、
「喉頭を高くする事」
そのものより、
「喉頭の位置を必要に応じて変化させられる事」
です。
喉頭には、
上がる
下がる
その中間にある
という複数の状態があります。
そして、話し声や歌では、母音・子音・音程・音量などによって、その位置も変化します。
実際、研究では、母音や音程によって喉頭位置が変化する事が確認されています。
つまり、
「喉頭は低ければ正解」
でも、
「喉頭は高ければ正解」
でもありません。
高い喉頭が役立つ場面もある
例えば、
「い」
のような高母音や、明るい音色を必要とする発声では、喉頭が高くなる事があります。
また、歌唱研究では、高い音を歌うときに舌骨位置が上がる事も確認されています。
そのため、
高音+高母音+喉頭挙上+舌の高い位置
などが同時に起こるケースがあります。
このような状態では、
「喉頭が上がったから舌が動きやすくなった」
のか、
「舌や母音の変化に伴って喉頭も上がった」
のか、
あるいは、
両方が協調して起きている
のかを、一つの原因だけで説明するのは難しくなります。
「喉頭を上げる練習」には注意も必要
では、
「滑舌を良くするために喉頭を上げよう!」
と練習すれば良いのでしょうか?
僕は、これも慎重に考えたいです。
喉頭の挙上そのものが悪いわけではありません。
しかし、意図的に強く喉頭を引き上げると、
首周辺に力が入る
舌根周辺に余計な緊張が入る
喉頭の自由な動きを制限する
発声そのものが硬くなる
といった問題につながる可能性があります。
実際、喉頭挙上が常に良いわけではなく、過剰な喉頭挙上と過機能的な発声の関係も研究されています。
したがって、
「上げる事」ではなく、「必要な範囲で動ける事」
を考える方が安全で合理的です。
内田のボイトレでは「喉頭を上げて滑舌を改善する」とは考えない
僕なら、レッスンでは、
「喉頭を上げてください」
だけでは終わらせません。
例えば、
「らりるれろ」
「たちつてと」
「かきくけこ」
などを発音して、
喉頭の位置を変えたとき、舌・顎・声の聞こえ方がどう変化するか
を確認します。
そして、
発音が明瞭になったのか
声が明るくなっただけなのか
舌が動きやすくなったのか
顎の動きが変わったのか
音のタイミングが変わったのか
を観察します。
ここを分けて考える事が大切です。
例えば「ラ行」が苦手な場合
以前の記事でも扱ったように、日本語のラ行では、舌先の素早い接触と離脱が重要になります。
この場合、
「喉頭を上げればラ行が言える」
とは限りません。
むしろ、
舌先の動き
舌の力み
顎との協調
母音への移行
音のタイミング
などを確認する必要があります。
もし喉頭の位置を変えたらラ行が急に言いやすくなったとしても、
「喉頭がラ行を直接作った」
と決めつけるのではなく、
喉頭・舌・舌骨・顎などの協調関係が変化した可能性
を考えてみます。
これは、実際のレッスンで仮説を立てる上では非常に面白いポイントです。
「滑舌が悪い」を一つの問題として扱わない
僕がボイトレで大切にしているのは、
「滑舌が悪い」
という結果だけを見るのではなく、
どこで問題が起きているのか?
を分解する事です。
例えば、
① 舌の動きの問題
舌が必要な位置まで動いていない。
② 顎の動きの問題
口の開閉が小さく、舌の動きにも影響している。
③ 子音の問題
子音の閉鎖や摩擦、接触のタイミングが不十分。
④ 母音の問題
母音の形が曖昧になっている。
⑤ タイミングの問題
舌・唇・声帯などの動きのタイミングが合っていない。
⑥ 声の音響的な問題
発音自体はできていても、声の響きによって言葉が聞き取りにくい。
⑦ 喉頭・舌・舌骨周辺の協調
それぞれが独立して動くのではなく、全体の協調が崩れている。
このように分解すると、
「喉頭を上げたら滑舌が良くなった」
という現象も、より正確に観察できます。
「上げる・下げる」ではなく「使い分ける」
声や発音を勉強すると、
「喉頭は下げるべき」
「喉頭は上げるべき」
という二択になってしまう事があります。
でも、実際の発話や歌唱では、喉頭は固定された構造物ではありません。
母音、音程、発話、歌唱などによって動きます。
そのため僕は、
「正しい位置を一つ覚える」
よりも、
「必要に応じて位置を変えられる」
事を重視します。
これは、声のコントロールという意味でも大切な考え方です。
ボイトレで試してみたい観察
例えば同じ言葉を、
① 普通に発音する
↓
② 少し明るい声で発音する
↓
③ 高めの音程で発音する
↓
④ 口を少し大きく動かして発音する
と変えてみます。
このとき、
喉頭はどう動くか
舌はどう動くか
顎はどう動くか
声はどう聞こえるか
子音は明瞭になるか
を観察します。
目的は、
「喉頭を上げる練習」
ではありません。
「自分の発音が、どのような身体条件で変化するのかを知る」
事です。
科学的に分かっている事と、まだ仮説の部分
ここまでの内容を整理します。
研究から確認されている事
喉頭の垂直位置は声道長に関係する
喉頭位置は母音や音程などによって変化する
舌・顎・喉頭などの調音・発声器官は完全に独立していない
喉頭位置の変化は声道の共鳴特性に影響する
発話では喉頭系と調音系の相互作用が存在する
まだ「こうだ」と断定できない事
一方で、
「喉頭を上げれば滑舌が良くなる」
という一般的なルールが確立されているわけではありません。
また、
「滑舌の悪さの原因は喉頭の低さである」
とも言えません。
ここは、個人の発音を実際に観察する必要があります。
まとめ
喉頭を挙上する事で、
人によっては発音や声の聞こえ方が変化し、結果として言葉が明瞭になったように感じる事はあります。
しかし、
「喉頭を上げれば滑舌が良くなる」
という単純な関係ではありません。
喉頭は、
舌+舌骨+顎+咽頭+声帯+声道
などと協調して働いています。
そのため、
「喉頭を上げる」
という一つの動作だけを見るのではなく、
「喉頭を変化させたとき、舌・顎・声道・声の聞こえ方がどう変わったのか?」
を見る事が大切です。
僕自身は、ボイトレで、
「この位置が正解だから、そこに固定する」
という考え方よりも、
「この人の場合、どの動きがどの発音に役立っているのか?」
を探していきたいと思っています。
喉頭を上げる事で滑舌が良くなったなら、
「喉頭を上げればいい」
で終わらせるのではなく、
なぜ良くなったのか?
を考えてみる。
そこから、
喉頭・舌・顎・声道の協調
という、より深い発声の仕組みが見えてくる事があります。
ボイトレでは、できた事だけを見るのではなく、
「なぜ、その条件ならできたのか?」
を考える。
僕は、この視点を大切にしています。
参考文献
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