ビブラートは声帯だけで作る?|リアルタイムMRIから分かった歌声の仕組み

はじめに
声や歌については、文章で説明すると、
どうしても分かりにくくなってしまうことがあります。
僕自身も、ボイトレや声について新しい知識を学んだとき、「なるほど」と頭では分かっても、実際に声を出してみるとすぐにはできないことがたくさんありました。
だからこそ、この記事では難しい内容もできるだけ分かりやすくまとめています。
すべてを一度で理解する必要はありません。
「そういう考え方もあるんだな」「これ、自分にも当てはまるかも」
そんなふうに、皆さんのボイトレや歌の練習の何か一つのヒントになれば嬉しいです。
そして、文章を読んでも「自分の場合はどうなんだろう?」と思ったら、ぜひ体験レッスンで直接質問してください。
実際に声を出しながら、一緒に確認していきましょう。
ビブラートは声帯だけで作っている?
歌の中で音を細かく揺らす「ビブラート」。
初心者の方は、
「声帯を細かく動かしているのかな?」
と考えるかもしれません。
もちろん、ビブラートには声帯の振動が関係します。
しかし、今回紹介するKAKENの研究では、オペラ歌唱中の発声器官をリアルタイムMRIで観察したところ、喉頭だけではなく、咽頭や舌などにも大きな振動が観察されました。
そして研究者は、その動きから、ビブラートには通常の話し声とは異なる発声器官の働きが関係している可能性を示しています。
つまり、
ビブラートを「声帯だけの動き」と考えるのは、少し単純すぎる
という事です。
1.今回の研究は何を調べたの?
今回紹介するのは、
「ビブラートの生成メカニズムに関する研究」
という研究です。
科研費の研究課題として、2015年度から2018年度まで実施されました。
研究代表者は、千葉工業大学の竹本浩典先生です。
研究では、歌唱中のオペラ歌手の声道をリアルタイムMRIで撮影し、歌っている最中に発声器官がどのように動いているのかを調べました。
2.なぜMRIで調べる必要があるの?
声を出しているとき、
「喉の中で何が起きているのか?」
を外から正確に見るのは難しいですよね。
例えば、
舌
咽頭
喉頭
声道
などが、歌っているときにどのように動いているのかを直接確認するのは簡単ではありません。
そこで、この研究ではリアルタイムMRIを使いました。
MRIによって、身体の内部の動きを時間的に追いながら観察する事ができます。
今回の研究では、歌唱中に発声器官の一部が周期的に動いている様子を確認しました。
3.研究で何が見つかったの?
研究で特に興味深いのが、
舌・咽頭・喉頭が大きく振動していた
という結果です。
つまり、
「ビブラートだから声帯だけが細かく揺れている」
という単純なイメージとは少し違います。
歌唱中のビブラートでは、喉頭周辺だけでなく、声道を構成する複数の器官にも周期的な動きが現れていたのです。
4.下咽頭収縮筋が関係している可能性
研究者は、この大きな動きについて、
下咽頭収縮筋が活動している可能性
を示しています。
下咽頭収縮筋は、名前の通り咽頭の下部にある筋肉です。
普段の話し声で声の高さを調整するときに、中心的な役割を持つ筋肉として一般的に考えられているわけではありません。
ところが、今回のオペラ歌唱では、その筋肉の働きが関係している可能性が示されました。
ここから、
歌声と話し声では、発声器官の使われ方が必ずしも同じではない
という事が見えてきます。
5.TAとCTだけでは説明できない?
歌の勉強をしていると、
「CTが高音に関係する」
「TAが低音に関係する」
という説明を聞く事があります。
もちろん、TAやCTは声の高さを考えるうえで重要な筋肉です。
しかし、今回の研究が面白いのは、
ビブラートという歌唱動作を、TA・CTだけで説明するのが難しい可能性を示している
点です。
研究では、筋肉の走行などから、
輪状甲状筋(CT)と甲状咽頭筋(thyropharyngeus)がビブラートの制御に関係している可能性
が示されています。
ここで注意したいのは、
「CTと甲状咽頭筋がビブラートを作っていると完全に証明された」
という意味ではない事です。
研究結果から、
その可能性が示された
という段階です。
この違いは、科学的にとても大切です。
6.この研究から分かる「歌声の面白さ」
今回の研究で僕が面白いと思うのは、
歌声は、単純に「声帯を動かせば完成するもの」ではない
という点です。
声を出すためには声帯が重要です。
しかし実際の歌唱では、
喉頭
咽頭
舌
声道
呼吸
声帯
など、多くの器官が関係しています。
そして、それらが別々に動くのではなく、協調して働いています。
今回の研究は、その一端をMRIによって観察したものだと考えられます。
7.では、ビブラートはどう練習すればいい?
ここは研究結果とボイトレを分けて考えましょう。
今回の研究は、
「こう練習すればビブラートが身につく」
という研究ではありません。
研究の中心は、
ビブラートが起きているとき、発声器官がどのように動いているのかを調べる事
です。
そのため、
「この筋肉を動かせばビブラートができる」
と研究結果から直接結論づける事はできません。
8.内田のボイトレでは「筋肉を直接動かそう」としない
ここからは、内田のボイトレとしての考え方です。
今回の研究を知ると、
「じゃあ下咽頭収縮筋を動かせばいいの?」
と思うかもしれません。
僕は、そこを直接コントロールしようとする必要はないと考えています。
なぜなら、
普段、自分で一つひとつの筋肉を正確に動かして歌っているわけではない
からです。
例えば、
「今からCTを10%動かす」
「次に甲状咽頭筋を20%動かす」
というような操作をして歌うわけではありません。
むしろ、
声をどう動かしたいのか
という目的から、身体全体の協調を作っていく方が現実的です。
9.「ビブラートを作る」より「ビブラートが起こる条件」を探す
僕がボイトレで大切にしたいのは、
「ビブラートを無理やり作る」
という考え方ではありません。
例えば、
音をまっすぐ伸ばす。
↓
少し音程を動かしてみる。
↓
小さな揺れを作る。
↓
その揺れを安定させる。
というように、
自分の声の中で、自然に揺れが起こりやすい条件を探す
という方法があります。
これは今回のKAKEN研究そのものが証明した練習法ではありません。
あくまで、研究で分かってきた「複数の発声器官が協調して働く」という考え方を、内田のボイトレの実践に応用した考え方です。
10.ビブラートを「喉だけの技術」と考えない
ビブラートが苦手な人は、
「喉を細かく揺らさなきゃ」
と考えてしまう事があります。
しかし、今回の研究結果を見ると、
歌唱中のビブラートでは、喉頭だけでなく咽頭や舌などにも動きが観察されています。
だからといって、
「舌を揺らせばビブラートになる」
わけではありません。
大切なのは、
ビブラートは複数の発声器官が関係する協調運動の一つとして考えられる
という事です。
11.話し声と歌声は同じではない
今回の研究から、もう一つ興味深い事が分かります。
研究では、
通常の話し声における声の高さの制御と、オペラ歌唱におけるビブラートでは、異なる発声器官の使われ方がある可能性
が示されています。
これは、
「話し声でできる事が、そのまま歌でも同じようにできる」
とは限らない事を考えるうえでも興味深い結果です。
歌では、
音程を一定に保つ
音程を変化させる
声を伸ばす
音量を変化させる
声質を変化させる
など、話し声とは違う要求が加わります。
そのため、歌唱を考えるときには、
話し声だけではなく、実際の歌唱動作の中で身体がどう協調しているのか
を見る事も重要になります。
12.内田のボイトレで考えるなら
今回の研究を、僕のボイトレの考え方に置き換えると、
「一つの筋肉だけを正解にしない」
という事になります。
例えば、
「高音だからCT」
「地声だからTA」
「ビブラートだから声帯を揺らす」
というように、一つの要素だけで説明しない。
実際には、
声帯・喉頭・咽頭・舌・呼吸・声道などが協調して、一つの歌声を作っています。
だからこそ、
「この筋肉を使わなきゃ」
と考えすぎるより、
実際にどんな声が出ているのか
を観察する事が大切だと思っています。
13.科学的に分かっている事と、まだ分からない事
今回の研究についても、分かっている事と推測を分けてみましょう。
分かっている事
オペラ歌手の歌唱をリアルタイムMRIで観察したところ、ビブラートに伴って舌・咽頭・喉頭などに大きな周期的な動きが観察されました。
研究から示唆された事
その動きから、下咽頭収縮筋が活動している可能性が考えられ、CTと甲状咽頭筋などがビブラートの制御に関係する可能性が示されました。
まだ断定できない事
「ビブラートはこの筋肉だけで作られる」
「この筋肉を意識的に動かせばビブラートができる」
といった事までは、この研究から証明されていません。
ここを区別して考える事が大切です。
14.ボイトレで研究をどう使うか?
研究を知ったからといって、
「研究に書いてあった筋肉を動かす」
必要はありません。
むしろ研究を、
「自分の声を考えるための地図」
として使うと分かりやすいと思います。
例えば、
「ビブラートができない」
↓
「喉を揺らそう」
ではなく、
「自分の場合、どんな音程・音量・母音・声質のときに自然な揺れが起こる?」
と考えてみる。
そして、
観察↓仮説↓練習↓録音↓確認
という流れで、自分の声を調べていきます。
これは、内田のボイトレで大切にしている考え方です。
15.今回の研究から僕が伝えたい事
今回のKAKEN研究は、
「ビブラートの正しい練習方法」を直接示した研究ではありません。
しかし、
歌声が想像以上に複雑な協調運動によって作られている
事を考えるきっかけになります。
「この筋肉だけ」
「この感覚だけ」
「この方法だけ」
と決めつけるのではなく、
実際の声を聞きながら、
身体全体がどのように協調しているのか
を考えていく。
僕は、こうした考え方がボイトレにも役立つと思っています。
まとめ
今回紹介したKAKENの研究では、オペラ歌唱中のビブラートをリアルタイムMRIで観察しました。
その結果、
舌・咽頭・喉頭などに大きな周期的な動きが観察された
事が報告されています。
そして、その結果から、
下咽頭収縮筋や甲状咽頭筋などがビブラートの生成に関係している可能性
が示されました。
これは、
「ビブラート=声帯だけを細かく揺らす」
という単純なイメージを見直すきっかけになります。
ただし、
「この筋肉を動かせばビブラートができる」
と証明されたわけではありません。
今回の研究から学べるのは、
歌声は、複数の発声器官が協調して作っている
という事です。
内田のボイトレでも、
「この筋肉を使ってください」
と一つの要素だけを決めつけるのではなく、
実際にどんな声が出ているのか。
どんな条件なら良い声が出るのか。
その条件をどう歌の中で使えるようにするのか。
を一緒に考えていきたいと思っています。
科学的な研究は、ボイトレの答えをすべて教えてくれるわけではありません。
でも、
「今まで当たり前だと思っていた声の仕組みを、もう一度考えてみる」
ための大きなヒントになります。
今回の研究も、そんな視点から皆さんの歌の練習に役立ててもらえたら嬉しいです。
参考文献
竹本浩典「ビブラートの生成メカニズムに関する研究」科研費研究課題 15K00263。研究期間:2015~2018年度。研究成果報告書。


