ビブラートはCT・TAだけでは説明できない?|伸張反射・咽頭筋・神経の仕組みから考える

はじめに
声や歌については、文章で説明すると、
どうしても分かりにくくなってしまうことがあります。
僕自身も、ボイトレや声について新しい知識を学んだとき、「なるほど」と頭では分かっても、実際に声を出してみるとすぐにはできないことがたくさんありました。
だからこそ、この記事では難しい内容もできるだけ分かりやすくまとめています。
すべてを一度で理解する必要はありません。
「そういう考え方もあるんだな」「これ、自分にも当てはまるかも」
そんなふうに、皆さんのボイトレや歌の練習の何か一つのヒントになれば嬉しいです。
そして、文章を読んでも「自分の場合はどうなんだろう?」と思ったら、ぜひ体験レッスンで直接質問してください。
実際に声を出しながら、一緒に確認していきましょう。
ビブラートは「声帯を揺らす技術」なのか?
ビブラートについて説明するとき、
「音程を上下に揺らす」
「声帯を細かく揺らす」
と説明される事があります。
もちろん、結果として声の基本周波数(F0)が周期的に変化します。
しかし、実際の発声を考えると、
「自分で声帯を上下に揺らしている」
とだけ考えるのは少し単純化しすぎています。
ビブラートには、
声帯の振動
喉頭筋の活動
神経系による運動制御
身体内部からの感覚情報
聴覚からのフィードバック
歌唱時の声道・咽頭周辺の動き
など、複数の要素が関係していると考えられています。
そして、ここで興味深いのが、
「伸張反射を含む反射的なフィードバック」
という考え方です。
伸張反射とは?
伸張反射とは、筋肉が伸ばされたとき、その変化を感知して筋肉が反応する神経系の仕組みです。
代表的なのが、膝のお皿の下を軽く叩いたときに脚が動く「膝蓋腱反射」です。
簡単にすると、
筋肉の状態が変化する
↓
その変化を感知する
↓
神経系を通して情報が伝わる
↓
筋肉が反応する
という流れです。
発声も、脳から筋肉へ一方的に命令しているだけではありません。
実際には、
脳↓喉頭・声帯などが動く↓声が出る↓聴覚・身体感覚から情報が戻る↓脳や神経系が調整する
という循環があります。
このような感覚と運動の循環を、感覚運動フィードバックとして考える事ができます。
では、ビブラートに伸張反射が関係するの?
ここは慎重に考える必要があります。
2002年にTitzeらが発表した研究では、ビブラートを説明するモデルとして、
「reflex resonance model(反射共鳴モデル)」
が提案されています。
このモデルでは、声帯の長さを調整できる拮抗的な筋肉の組み合わせと、一定の遅れを持った反射的フィードバックによって、周期的な振動が生じる可能性が示されています。
そのモデルでは、約5~7Hz程度の振動が生じる条件が示されています。
つまり、
筋肉を安定させるためのフィードバックが、条件によっては周期的な揺れを作る可能性がある
という考え方です。
ただし、
「ビブラート=伸張反射」
と証明されたわけではありません。
ここは非常に大切な区別です。
伸張反射を含む反射的フィードバックは、ビブラートを説明するモデルの一つとして考えられている、と理解するのが適切です。
CT・TAはビブラートに関係している
では、以前の記事でも紹介したCT・TAはどうでしょうか?
CTは輪状甲状筋、TAは甲状披裂筋です。
ビブラート中のF0変化と喉頭筋の活動を調べた研究では、特にCTの活動とF0変化に比較的強い関係が確認されています。
また、筋活動とF0変化の間には時間的な位相差も確認されています。
つまり、
CT・TAなどの喉頭筋の活動変化は、ビブラートのF0変化と関係している
と考えられます。
しかし、
「CTが高くする筋肉」
「TAが低くする筋肉」
と単純に考えて、
CTとTAだけを動かせばビブラートができる
という話ではありません。
筋肉同士の協調や、神経系のフィードバックなども考える必要があります。
ここで前回の「リアルタイムMRI」の研究につながる
ここからが、前回の記事との大きなつながりです。
以前の記事では、竹本浩典氏らによる科研費研究、
「ビブラートの生成メカニズムに関する研究」
を紹介しました。
この研究では、オペラ歌手が歌っている最中の声道をリアルタイムMRIで撮影し、声道壁の動きを分析しています。
その結果、
喉頭だけではなく、咽頭や舌などにも大きな動きが確認された
と報告されています。
さらに、その動きから下咽頭収縮筋の活動が示唆され、筋線維の走行などから、輪状甲状筋と甲状咽頭筋(下咽頭収縮筋の一部)の関与が考えられるとされています。
これは非常に興味深い結果です。
「ビブラート=声帯」だけでは説明しにくい
これまでの話をつなげてみましょう。
これまでの研究
CT・TAなどの喉頭筋活動と、ビブラート中のF0変化には関係がある。
↓
反射共鳴モデル
筋肉と感覚フィードバックのループが、周期的な振動を生み出す可能性がある。
↓
リアルタイムMRI
オペラ歌唱のビブラートでは、喉頭だけではなく、咽頭や舌などにも大きな動きが確認された。
↓
そこで考えられる事
ビブラートは、声帯だけを単独で操作する現象ではなく、喉頭・咽頭・神経系・感覚フィードバックなどが関係する複雑な運動制御なのではないか?
という見方ができます。
では「伸張反射」と「咽頭筋」はつながるの?
ここは、現在分かっている研究と仮説を分けて考えましょう。
リアルタイムMRIのKAKEN研究は、
「ビブラート中に咽頭などの動きが確認された」
ことを示しています。
そして、その動きから下咽頭収縮筋の活動が示唆されています。
一方、
「その咽頭筋の動きが伸張反射によって起こり、その反射がビブラートを生み出している」
ところまでを、この研究だけで証明したわけではありません。
したがって、
MRIで確認された咽頭の動き
と
伸張反射を含む反射フィードバックモデル
は、関連して考える価値はありますが、現時点では同じものとして扱うべきではありません。
ここは科学的に慎重に考えたい部分です。
ビブラートは「脳からの命令」だけでもない
ボイトレをしていると、
「ビブラートを出せ!」
と脳から命令すれば、声が揺れるように思うかもしれません。
しかし、実際の身体運動はもっと複雑です。
例えば、
脳が運動指令を出す
↓
喉頭や声道が動く
↓
声が変化する
↓
耳でその音を聞く
↓
身体内部でも動きを感じる
↓
その情報を利用して次の運動を調整する
という循環があります。
つまり、
出力しながら、その出力を感じ取り、次の出力を調整している
とも考えられます。
これは、ボイトレを「運動学習」として考える上でも非常に重要な視点です。
だから「ビブラートを作る」だけでは上手くいかない事がある
例えば、
「喉を揺らしてください」
「音程を上下させてください」
と言われれば、ある程度できる人もいます。
しかし、それが、
不自然
揺れが大きすぎる
速すぎる
遅すぎる
声が不安定になる
喉に力が入る
という状態になる事もあります。
これは、
「揺らす動作ができるか?」
だけではなく、
「どのような条件なら自然な周期的変化が起こるのか?」
という問題だからです。
内田のボイトレでは「できる条件」を探したい
僕がボイトレで大切にしているのは、
できない動作を無理やり作る事ではなく、まず「できる条件」を探す事
です。
ビブラートでも同じです。
例えば、
小さい声ならできる
特定の母音ならできる
特定の音域ならできる
グリスの中ならできる
息を強く押さない方ができる
声を伸ばした後ならできる
など、人によって違います。
その「できる条件」には、その人がビブラートを作るために必要な運動協調のヒントが隠れている可能性があります。
「伸張反射を使おう」とは考えない
ここは、ボイトレとして重要な考え方です。
伸張反射について知ったからといって、
「では、伸張反射を起こせばビブラートが出る!」
と考えるのはおすすめしません。
伸張反射のような神経系の仕組みを、通常のボイトレで直接操作する事は簡単ではありません。
むしろ、
声帯や喉頭が無理なく振動できる条件を探す
↓
その状態で音程を安定させる
↓
微細な音程変化を許容する
↓
聴覚・身体感覚からフィードバックを受ける
↓
繰り返し練習する
という考え方の方が、実際の運動学習にはつながりやすいと僕は考えています。
「ビブラートができる人」と「できない人」の違いをどう考える?
単純に、
「ビブラートの才能がある」
「才能がない」
と考える必要はありません。
例えば、
① 音程を一定に保つ事が難しい
まずは基準となる音程を安定させる必要があります。
② 一定の音程は出せる
次に、そこから小さな変化を加えられるかを確認します。
③ 揺らす事はできる
今度は、揺れ幅・速度・声質などを確認します。
④ 揺らすと喉が固まる
「ビブラートを作らなければ」という過剰な運動指令になっていないか確認します。
このように、
「ビブラートができない」
という一つの結果でも、原因は一つとは限りません。
研究から分かっている事と、まだ分からない事
最後に整理してみます。
比較的確認されている事
ビブラートではF0が周期的に変化する
CT・TAなどの喉頭筋活動がF0変化と関係する
筋活動とF0変化には時間的な関係がある
オペラ歌唱のビブラートでは、喉頭だけでなく咽頭や舌などにも大きな動きが確認されている
リアルタイムMRI研究から、下咽頭収縮筋の関与が示唆されている
モデル・仮説として考えられている事
伸張反射などを含む遅延した感覚運動フィードバックが、ビブラートの周期的な揺れに関係する可能性
拮抗する筋肉とフィードバックのループによって、5~7Hz程度の振動が形成される可能性
まだ単純に断定できない事
「ビブラートは伸張反射によって起こる」
「CTとTAを動かせばビブラートが出る」
「咽頭筋を意識して動かせばビブラートが習得できる」
これらを、そのまま事実として扱う事はできません。
まとめ
今回の記事で一番伝えたいのは、
ビブラートを「声帯を揺らす技術」だけで考えない
という事です。
ビブラートには、
声帯↓喉頭筋↓咽頭・声道↓神経系↓身体感覚↓聴覚フィードバック↓運動学習
という、複数の仕組みが関係している可能性があります。
そして、
伸張反射を含む反射的なフィードバック
も、その仕組みを説明するモデルの一つとして研究されています。
一方、リアルタイムMRIによる研究では、オペラ歌唱中に喉頭だけではなく、咽頭や舌などにも大きな動きが確認されました。
つまり、
「ビブラート=声帯だけ」
と考えるよりも、
「身体全体の感覚と運動の協調によって生まれる現象」
として考えた方が、現在の研究を理解しやすいと思います。
そしてボイトレでは、
「この筋肉を動かせばビブラートが出る」
と単純化するより、
「自分の場合、どの条件なら自然な揺れが起こるのか?」
を探していく。
その「できる条件」を見つけ、繰り返し再現できるようにしていく。
僕は、これもボイトレにおける運動学習の一つだと考えています。
声の仕組みを知る事は、筋肉の名前を覚えるためだけではありません。
「なぜ、この人はこの動きができるのか?」
「なぜ、自分はこの条件ならできるのか?」
を考えるための材料になります。
ビブラートについても、まだ研究によって全てが解明されたわけではありません。
だからこそ、分かっている事と分かっていない事を分けながら、実際の声を観察していく。
それが、僕が大切にしているボイトレの考え方です。
参考文献
Titze IR, Story B, Smith M, Long R. A reflex resonance model of vocal vibrato. The Journal of the Acoustical Society of America. 2002;111(5):2272-2282. DOI: 10.1121/1.1434945.
Hsiao TY, Solomon NP, Luschei ES, Titze IR. Modulation of fundamental frequency by laryngeal muscles during vibrato. Journal of Voice. 1994;8(3):224-229. DOI: 10.1016/S0892-1997(05)80293-0.
竹本浩典ほか「ビブラートの生成メカニズムに関する研究」科研費研究成果報告書(課題番号15K00263、2015~2018年度)。


