シンガーズフォルマントとは?AES・Twangとの関係を初心者向けに解説

はじめに
声や歌については、文章で説明すると、
どうしても分かりにくくなってしまうことがあります。
僕自身も、ボイトレや声について新しい知識を学んだとき、「なるほど」と頭では分かっても、実際に声を出してみるとすぐにはできないことがたくさんありました。
だからこそ、この記事では難しい内容もできるだけ分かりやすくまとめています。
すべてを一度で理解する必要はありません。
「そういう考え方もあるんだな」「これ、自分にも当てはまるかも」
そんなふうに、皆さんのボイトレや歌の練習の何か一つのヒントになれば嬉しいです。
そして、文章を読んでも「自分の場合はどうなんだろう?」と思ったら、ぜひ体験レッスンで直接質問してください。
実際に声を出しながら、一緒に確認していきましょう。
シンガーズフォルマントとは?
「声がよく通る」
「遠くまで声が届く」
「明るく、輪郭のある声に聞こえる」
歌について調べていると、このような声の特徴と一緒に、
「シンガーズフォルマント」
という言葉が出てくる事があります。
シンガーズフォルマントは、簡単に言うと、
歌声の中で、約3,000Hz付近を中心とした高い周波数帯域が強く現れる特徴の一つ
として知られています。
特にクラシック歌唱で詳しく研究されてきた音響的な特徴です。
ただし、
「3,000Hzの音を出せばいい」
という意味ではありません。
声帯で作られた音が声道を通る中で、特定の周波数成分が強く現れる事が関係しています。
そして、この話を理解する上で重要になるのが、
フォルマント
と
AES(披裂喉頭蓋括約筋)
です。
まず「声ができる流れ」を整理しましょう
難しい言葉を一度に覚える必要はありません。
まずは、
声帯で音のもとを作る↓その音が声道を通る↓声道の形によって音の成分が変化する↓私たちが聞く声になる
という流れをイメージしてください。
声帯の振動に関係する代表的な音響指標が、
F0(基本周波数)
です。
一方、
声道の形によって強くなりやすい周波数成分
を説明するときに出てくるのが、
フォルマント
です。
そしてシンガーズフォルマントは、歌声のスペクトルに現れる特徴的な高周波成分として考えられます。
フォルマントとシンガーズフォルマントの違い
前回の記事でも説明したように、フォルマントは「身体の中の特定の響く場所」ではありません。
声道の形によって、特定の周波数成分が強くなりやすいという音響的な特徴です。
例えば「あ・い・う・え・お」で音色が違うのも、声道の形が変わる事が関係しています。
その中でもシンガーズフォルマントは、
歌声において、約3,000Hz付近を中心とした特徴的なスペクトルの強まり
として研究されてきました。
つまり、
フォルマント=声道によって生じる音響的な特徴
シンガーズフォルマント=歌声で見られる特徴的な高周波成分
と考えると分かりやすいでしょう。
ここでAESが登場します
では、
シンガーズフォルマントとAESにはどんな関係があるのでしょうか?
AESとは、
Aryepiglottic Sphincter
の略です。
日本語では、
披裂喉頭蓋括約筋
と呼ばれる事があります。
ただし、初心者の方は名前を覚える必要はありません。
まずは、
喉頭の上の方にある、披裂軟骨と喉頭蓋の周辺によって形成される狭い管状の領域
としてイメージすると分かりやすいでしょう。
Estill Voice Trainingでは、AESは声をコントロールする「Figure」の一つとして扱われています。Estillの公式説明でも、AES(Aryepiglottic Sphincter)は声の構造をコントロールする要素の一つとして紹介されています。
AESが狭くなると何が起こる?
AES周辺が狭くなると、声の音響特性が変化します。
特に、
2,000〜4,000Hz付近の高い周波数成分が強く現れやすくなる
事が報告されています。
この周波数帯域は、
声の明るさや「ring(リング)」と呼ばれるような響き
と関係する事があります。
Estill Voice Trainingでは、このAESの狭まりがTwang Qualityと深く関係する要素として扱われています。
つまり、かなり大まかに整理すると、
AES周辺の形が変わる↓声道上部の音響特性が変化する↓高い周波数成分が強くなる↓明るく、輪郭のある声質につながる場合がある
という流れです。
ただし、これは単純な「AESを狭くすれば必ず良い声になる」という話ではありません。
AESとTwangの関係
Estill Voice Trainingでは、
AESを狭くする設定がTwangの重要な要素
として扱われています。
Twangという言葉は、歌だけではなく、話し声などでも使われる事があります。
一般的には、
明るい↓輪郭がある↓声が通りやすく感じる
といった声質として説明される事があります。
ただし、
Twang=鼻声
ではありません。
また、
Twang=大声
でもありません。
Estillの考え方では、Twangは音量そのものではなく、声質を作るための設定の一つとして扱われています。
AESと「シンガーズフォルマント」は同じではありません
ここは特に重要です。
AESについて調べると、
「AESを狭くするとシンガーズフォルマントが出る」
という説明を見かける事があります。
確かに、1989年の内視鏡・音響研究では、Twang、Belting、Operaなどの声質で披裂喉頭蓋部の狭まりが観察され、その狭まりとシンガーズフォルマントとの関連が報告されています。
しかし、
シンガーズフォルマント=AES
ではありません。
また、
AESだけがシンガーズフォルマントを作っている
と考えるのも単純化しすぎです。
声の音響は、声帯から作られる音と、その上にある声道の形が相互に関係して作られるからです。
最近の研究では、舌や中咽頭も関係する事が分かってきています
さらに興味深いのが、近年の研究です。
2024年に発表されたMRI研究では、Twangにおける中咽頭・披裂喉頭蓋部の狭まりが調べられています。
この研究では、Twangに関連する声道の形として、AES周辺だけでなく、中咽頭や舌の位置なども関係する事が示されています。
つまり、
「AESだけを動かせばTwangになる」
と単純に考えるより、
「声道の複数の部分が協調して、特徴的な音響を作っている」
と考える方が現在の研究に近いでしょう。
「声を前に出す」とAESは同じ?
ボイトレでは、
「声を前に出す」
「前に飛ばす」
「鼻のあたりに響かせる」
という表現を使う事があります。
こうした表現は、声を調整するときの感覚的な指示として役立つ場合があります。
しかし、
「声を前に感じる=AESが狭くなっている」
とは限りません。
感覚と身体の動き、そして音響的な結果は、それぞれ分けて考える必要があります。
例えば、
「前に感じるようになった」
という変化があったとしても、
実際の身体の動きが何だったのかは、感覚だけでは判断できません。
そのため、ボイトレでは感覚を大切にしながらも、
実際の声の変化
と一緒に考える事が重要です。
「喉を締める」と「AESを狭くする」は同じ?
これも混同しやすいところです。
AESが狭くなる事を知ると、
「じゃあ喉を締めればTwangになるの?」
と思うかもしれません。
しかし、
AESの狭まり=喉全体を力ませる事
ではありません。
喉全体を強く締める事と、喉頭上部の特定の構造の形が変化する事は別の話です。
そのため、
「喉を締める感覚を強くすればAESが正しく働く」
とは言えません。
むしろ、必要以上に力んでしまうと、別の部分にも余計な緊張が起こる可能性があります。
AESは「大きな声」を作る筋肉ではありません
AESについてもう一つ注意したいのが、
AES=声量
と考えてしまう事です。
声の大きさには、
声門下圧
声帯の接触
声帯振動
声道
音響的な効率
周囲の音
など、複数の要素が関係します。
そのため、
AESを狭くすれば声が大きくなる
という単純な関係ではありません。
AESによって高い周波数成分が強くなる事で、
実際の音量そのものとは別に、声が「目立つ」「輪郭がある」「通る」と感じられる
場合があります。
この違いは、ボイトレを考える上でも重要です。
「声が通る」と「声が大きい」は違う
例えば、
Aさん:大きいけれど少しぼやけた声
Bさん:それほど大きくないけれど輪郭のある声
があったとします。
この場合、Bさんの方が「声が通る」と感じる事があります。
これは、
声の大きさだけで聞こえ方が決まらない
ためです。
周囲の音の中で声がどの程度目立つかには、声のスペクトルや音響環境なども関係します。
シンガーズフォルマントやAESについて学ぶ意味の一つは、
「声を大きくする事」と「声を聞こえやすくする事」を分けて考えられるようになる
事だと思います。
クラシック歌唱だけの話なの?
シンガーズフォルマントという言葉は、特にクラシック歌唱でよく使われます。
一方、AESの狭まりはクラシックだけではありません。
1989年の研究では、Twang、Belting、Operaなど複数の声質で披裂喉頭蓋部の狭まりが観察されています。
また、Estill Voice Trainingでは、AESの狭まりはTwangだけでなく、OperaやBeltingなど複数のVoice Qualityの構成要素として扱われています。
つまり、
AESの狭まりはクラシックだけのものではありません。
ただし、
ジャンルによって、その使われ方や他の声の設定との組み合わせは異なります。
高音にも関係する?
AESやTwangについて学ぶと、
「これを使えば高音が楽になるのでは?」
と考える方もいると思います。
確かに、Twangのような明るく輪郭のある声質は、高音域を含むさまざまな歌唱で利用される事があります。
しかし、
「高音が出ない原因=AESが狭くなっていない」
とは言えません。
高音には、
F0
声帯の長さや張力
声帯の振動メカニズム
声門閉鎖
呼気・声門下圧
声道の形
母音
音量
喉頭周辺の筋活動
など、多くの要素が関係します。
AESだけを操作すれば高音が解決する、というものではありません。
「シンガーズフォルマントを出そう」と頑張りすぎない
ここまで読むと、
「AESを狭くすればいいんだ」
と思ってしまうかもしれません。
しかし、ボイトレではそこにも注意が必要です。
音響的な結果を直接作ろうとして、
「もっと狭く!」
「もっと響かせて!」
「もっと強く!」
と頑張りすぎると、声全体のバランスが崩れる可能性があります。
特に、
声が苦しい↓もっと響かせよう↓さらに力を入れる↓もっと苦しくなる
という状態になってしまうのは避けたいところです。
AESを知る事は、
「力を入れる場所を増やすため」ではなく、声の仕組みを理解するため
に役立つと考えています。
録音して「音の変化」を確認する
AESの動きは、普通の録音だけでは直接見る事ができません。
ただし、
AESの働きによって結果として声がどう変化したのか
を録音で比較する事はできます。
例えば、
普通に歌った声
少し明るい声
Twangを意識した声
音量を変えた声
などを録音して、
「どの声が一番聞き取りやすいか」
を比較してみます。
ここで大切なのは、
「この声が一番大きいか?」
だけではありません。
むしろ、
「無理に声を張らなくても輪郭があるか?」
を確認する事も役立ちます。
ただし、録音環境によって音は変わるため、スマートフォンの録音だけでAESの状態やシンガーズフォルマントを直接判定できるわけではありません。
内田のボイトレでは「AESを動かす事」だけを目標にしません
僕がこうした声の仕組みを学ぶ上で大切だと思うのは、
身体の構造を知る事と、それを一つの答えにしすぎない事
です。
例えば、
「高音が出ない」
という悩みがあったとしても、
「AESが足りない」
と決めつける事はできません。
同じように、
「声が通らない」
からといって、
「シンガーズフォルマントを作ればいい」
とも限りません。
実際には、
音程+音量+母音+声帯の状態+声道+身体の感覚+疲労
などを一緒に確認する必要があります。
僕自身は、ボイトレでは、
「どの筋肉を使うか」だけではなく、「実際に声がどう変化したのか」
を見る事を大切にしています。
AESについて知る事も、そのための一つの知識です。
初心者の方は、この4つだけ覚えてください
今回の内容を全部覚える必要はありません。
まずは、この4つを分けて考えてみてください。
① F0
声帯の振動に関係する基本周波数。
主に音の高さと関係します。
② フォルマント
声道の形によって、特定の周波数成分が強くなりやすい音響的な特徴。
③ シンガーズフォルマント
歌声で見られる、約3,000Hz付近を中心とした特徴的な高周波成分。
特にクラシック歌唱で研究されてきました。
④ AES
Aryepiglottic Sphincterの略。
披裂喉頭蓋部周辺の構造で、Estill Voice Trainingでは声質をコントロールするFigureの一つとして扱われています。
AES周辺の狭まりは、Twangやringing、シンガーズフォルマントと関連する音響的特徴と関係します。
ただし、
AESだけですべてを説明できるわけではありません。
まとめ
シンガーズフォルマントは、
歌声の中に現れる特徴的な高周波成分の一つ
です。
特に約3,000Hz付近を中心とした特徴として研究され、クラシック歌唱における声の「ring」や聞こえやすさとの関係が注目されてきました。
そして、この話を理解する上で重要なのが、
AES(披裂喉頭蓋括約筋)
です。
AES周辺の狭まりは、
Twang↓高い周波数成分の強まり↓明るく輪郭のある声質
などと関係する事があります。
実際、内視鏡と音響分析を用いた研究では、AES周辺の狭まりとシンガーズフォルマントとの関連が報告されています。
ただし、
AES=シンガーズフォルマント
ではありません。
また、
AESだけを狭くすれば、必ず声が通る
わけでもありません。
近年の研究では、Twangに関連する声道の形に、中咽頭や舌など複数の構造が関係する事も示されています。
そのため、
「AESを動かす」
だけを目的にするのではなく、
「声帯で作られた音が、声道の中でどのように変化し、結果としてどんな声になっているのか」
という全体を見る事が大切です。
ボイトレでは、専門用語を覚える事そのものが目的ではありません。
自分の声で何が起きているのかを理解し、実際の声の変化と結びつけていく事。
僕は、それがボイトレを考える上で大切だと思っています。
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