「あ」より「ま」の方が歌いやすい?|子音が発声を安定させる理由を科学的に考える

はじめに
声や歌については、文章で説明すると、
どうしても分かりにくくなってしまうことがあります。
僕自身も、ボイトレや声について新しい知識を学んだとき、「なるほど」と頭では分かっても、実際に声を出してみるとすぐにはできないことがたくさんありました。
だからこそ、この記事では難しい内容もできるだけ分かりやすくまとめています。
すべてを一度で理解する必要はありません。
「そういう考え方もあるんだな」「これ、自分にも当てはまるかも」
そんなふうに、皆さんのボイトレや歌の練習の何か一つのヒントになれば嬉しいです。
そして、文章を読んでも「自分の場合はどうなんだろう?」と思ったら、ぜひ体験レッスンで直接質問してください。
実際に声を出しながら、一緒に確認していきましょう。
「あ」より「ま」の方が歌いやすい?
今回、僕が実際に声を録音して波形を見ていて面白いと思った現象があります。
同じように母音を伸ばして発声する場合でも、
「あーーーー」
より、
「まーーーー」
の方が、声の波形が揃っているように見える場合があります。
では、
なぜ子音が付いた「ま」の方が安定するのでしょうか?
普通に考えると、
「あ」は母音だけなので簡単そうです。
一方、
「ま」は、
子音 /m/ + 母音 /a/
なので、動作が一つ増えています。
それなら、「ま」の方が難しくなりそうです。
ところが、実際の発声では逆になる場合があります。
これは、声を出すための運動を考えると、とても興味深い現象です。
結論:子音があるから必ず難しくなるわけではない
まず結論です。
一般的に、
「母音だけより子音を付けた方が必ず難しい」
とは言えません。
むしろ、子音の種類によっては、
発声を始めるための運動の目印になる
可能性があります。
特に「ま」の /m/ は、
両唇を閉じる
鼻腔へ音を通す
声帯を振動させる
その後「あ」の母音へ移行する
という明確な運動を伴います。
この「明確な運動」が、発声のスタート地点を作ってくれる可能性があります。
「あ」はいきなり声を作らなければならない
例えば、
「あーーーー」
と発声するとします。
「あ」は母音なので、基本的には最初から声帯振動と母音の声道形状を成立させる必要があります。
つまり、
呼気↓声帯振動↓声道の形↓「あ」の母音
を、ほぼ同時に整える必要があります。
もちろん実際の発声はもっと複雑ですが、練習課題として考えると、
「声を出し始めるための明確な動作が少ない」
とも考えられます。
そのため、人によっては、
声の出だしが不安定
息が先に出る
声門閉鎖が強くなる
音程がズレる
声が揺れる
発声開始のタイミングが毎回変わる
といった事が起こる可能性があります。
「ま」には明確なスタート地点がある
一方、
「まーーーー」
では、最初に /m/ があります。
/m/ は両唇を閉じて作る鼻音です。
そのため、
唇を閉じる
という、非常に分かりやすい身体的な動作があります。
さらに /m/ では声帯振動を伴いながら鼻腔側へ音が通ります。
その後、
「m」→「a」
へ移行します。
つまり、
唇を閉じる↓/m/を作る↓「あ」へ移行する
という、はっきりした運動の順序があります。
この「順序」が、発声を安定させるための手掛かりになる可能性があります。
/m/は「声がある状態」を作りやすい
「ま」の面白いところは、/m/が有声音の鼻音である事です。
つまり、/m/の時点ですでに声帯振動が起こっています。
そのため、
/m/ → /a/
では、
「無音から突然「あ」の声を作る」
というより、
すでに振動している状態から「あ」に移行する
という運動になります。
これは発声練習として考えると、かなり重要な違いです。
もちろん、すべての人で「ま」の方が声帯振動を開始しやすいと断定するわけではありません。
しかし、
すでに発声が始まっている状態から母音へ移行する
という条件が、特定の人にとって有利になる可能性はあります。
「ま」は声帯だけで作っていない
「ま」を発音するときには、
声帯
だけではなく、
唇舌軟口蓋・咽頭鼻腔顎
なども関係します。
特に /m/ は両唇鼻音なので、唇の閉鎖と鼻腔への通路が関係します。
鼻音の音響特性は、鼻腔側の構造だけではなく、口腔側の調音や、その後に続く母音との関係によっても変化します。研究でも、鼻音から母音へ移る際には、調音と音響特性が連続的に変化する事が示されています。
つまり、
「ま」
は単なる「あ」に子音を足したものではなく、
複数の器官が協調して動く運動課題
と考える事ができます。
「ま→あ」の移行そのものが練習になる
ここで、ボイトレとして面白いのが、
「ま」そのものより「ま→あ」の移行
です。
例えば、
まーーーー
と歌ったとき、
最初の /m/ で発声の状態が作られ、
そこから「あ」に移行します。
このとき、
子音から母音へ移る運動
を毎回繰り返す事になります。
発話では、子音と母音の動きは完全に独立しているわけではなく、時間的に重なり合いながら調整されています。
このような現象を**協調運動(coarticulation)**として考える事ができます。
つまり、
「ま」と「母音」を別々に考えるのではなく、ひとつの連続した運動として考える
事ができます。
では、なぜ波形が揃ったのか?
ここは、僕自身の実際の観察と科学的な知識を分けて考えたいと思います。
僕が、
「あ」より「ま」の方が波形が揃っていた
と観察したとしても、
それだけで、
「/m/が声帯を安定させた」
と断定する事はできません。
波形は、
声の振幅
声帯振動
声道の形
マイクとの距離
音量
周波数成分
周囲のノイズ
録音条件
などの影響を受けます。
したがって、
波形が揃った=声帯振動が完全に安定した
と直接結論づける事はできません。
ただし、
「ま」で発声運動がより安定していた可能性
を考えるきっかけにはなります。
「波形が揃う」をもう少し細かく見る
もし本当に「ま」の方が安定しているのかを調べるなら、
単純に波形の見た目だけではなく、
F0
振幅
周期
声の立ち上がり
スペクトル
声門閉鎖の状態
「m」から「あ」への移行
などを比較すると、さらに面白くなります。
例えば、
あ
と
ま
を同じ音程・同じ音量・同じ母音長で録音します。
そして、
① 発声開始部分
② 「m」から「あ」へ移行する部分
③ 「あ」を伸ばしている部分
を分けて観察します。
そうすると、
「ま」のどの部分が安定化に関係しているのか?
という仮説を立てやすくなります。
「ま」なら誰でも簡単になるわけではない
ここも重要です。
「ま」が簡単になる人もいれば、
逆に、
「ま」の方が難しい人
もいます。
例えば、
唇を強く閉じすぎる
鼻音を強くしすぎる
「m」の後に声が止まる
「ま」が「んあ」のようになる
母音への移行が遅れる
音程が子音部分で不安定になる
などです。
つまり、
子音を付ける事自体が良いわけではありません。
重要なのは、
その子音によって発声運動がどう変化したのか
です。
「ま」以外の子音でも同じなの?
ここも面白いところです。
例えば、
あ
ま
な
ら
や
などを比較すると、それぞれ身体の使い方が違います。
「ま」は唇、
「な」は舌先・歯茎付近、
「ら」は舌先の素早い動き、
「や」は舌と母音への移行、
など、それぞれ異なる運動条件を持っています。
そのため、
「ま」では安定するけれど「な」では安定しない
という事も十分あり得ます。
これは、
その人がどの運動条件を使ったときに発声しやすいのか
を調べる材料になります。
子音は「邪魔」ではなく「運動の手掛かり」になる場合がある
歌の練習では、
「母音をきれいに出したいから、子音は邪魔」
と感じる事もあります。
しかし、ボイトレの視点から見ると、子音は必ずしも邪魔ではありません。
むしろ、
子音によって身体の動きが明確になり、発声のタイミングを作りやすくなる
場合があります。
例えば、
「あーーーー」
が不安定な人に、
「まーーーー」
「なーーーー」
「らーーーー」
などを試してもらう。
そして、
どの音から母音に移ったときに声が安定するのか
を確認する。
これは、その人の発声を理解する上で面白い実験になります。
内田のボイトレでは「できる条件」を探す
僕がボイトレで大切にしている考え方の一つに、
「できない事を無理に練習するのではなく、まずできる条件を探す」
というものがあります。
今回の、
「あ」より「ま」の方が波形が揃う
という現象も、その一例として考える事ができます。
例えば、
「あ」が不安定
↓
「ま」なら安定する
↓
「ま」の何が違う?
↓
唇?
↓
声の開始タイミング?
↓
鼻音?
↓
子音から母音への移行?
↓
「ま」の運動を利用して「あ」に近づけられないか?
というように、
できる条件から、できない条件へ橋を架ける
という考え方です。
「ま」から「あ」に近づけてみる
例えば、
まーーーー
が安定しているなら、
次に、
まーあー
としてみます。
さらに、
mあー
のように子音部分を短くしていきます。
最終的に、
あーーーー
へ近づけていく。
このとき、
「ま」を完全に無くす事だけを目的にするのではなく、
「ま」で作れていた安定した発声状態を、どうやって「あ」に持っていくか
を考えます。
これは、運動学習としても非常に面白い考え方です。
「子音→母音」は運動学習の材料になる
発声では、
声帯だけ
を練習するわけではありません。
実際の歌では、
子音+母音+音程+リズム+音量
を同時に処理しています。
そのため、
「あ」だけを完璧にする
よりも、
「ま→あ」
のような実際の歌に近い連続運動から練習した方が、その人にとって分かりやすい場合があります。
歌唱では、話し声とは異なる発声・調音の調整が行われる事も研究されています。歌唱と発話では子音の時間的な特性にも違いが生じる事が報告されています。
だから「母音だけの練習」が悪いわけではない
ここも誤解してほしくありません。
母音だけの練習には、
音程を確認する
声質を確認する
声量を確認する
持続を確認する
などのメリットがあります。
ただ、
母音単体では不安定なのに、子音を付けると安定する
のであれば、
「母音だけをひたすら練習する」
以外の方法も試す価値があります。
その人にとって、
子音が発声の安定化を助ける手掛かり
になっている可能性があるからです。
「ま」の波形が揃った事から何が考えられる?
僕自身の観察として、
「あ」より「ま」の方が波形が揃っていた
のであれば、少なくとも、
「ま」という運動条件が、自分の発声を安定させる何かを持っているのではないか?
という仮説は立てられます。
ただし、
「/m/だから声帯閉鎖が良くなった」
「鼻音だから声門閉鎖が安定した」
などと、波形だけから決める事はできません。
ここは、
観察 → 仮説 → 別の条件で検証
という流れが大切です。
例えば、
あ
ま
な
ら
を同じ音程・音量で録音して比較してみる。
もし「ま」だけ安定するなら、
「/m/に特徴があるのか?」
という仮説が強くなります。
さらに、
「む」
「め」
「み」
「も」
と比較すると、母音の違いまで調べられます。
ボイトレは「自分の声を研究する事」でもある
僕は、こういう観察がボイトレでは非常に面白いと思っています。
「正しい発声」を一つ覚えるだけではなく、
自分の声がどの条件で変化するのか
を調べる。
録音して、
聞く
↓
見る
↓
比較する
↓
仮説を立てる
↓
もう一度試す
↓
変化を確認する
というサイクルを作る。
これは、以前の記事でも扱った運動学習ともつながります。
まとめ
「ま」のように子音を付けた方が、母音単体より難しくなるとは限りません。
むしろ人によっては、
「あ」より「ま」の方が発声しやすい
という事があります。
「ま」の /m/ には、
唇の明確な閉鎖
鼻音としての音響的特徴
すでに声が始まっている状態から「あ」へ移行する運動
などがあります。
そのため、
子音が発声のスタート地点や身体的な手掛かりになり、結果として母音への移行を安定させる
可能性があります。
ただし、
「ま」を付ければ誰でも声が安定する
わけではありません。
また、
波形が揃った=声帯振動が完全に安定した
とも限りません。
だからこそ、
「なぜ自分は『ま』だと安定するのか?」
を考えてみる事が大切です。
僕自身の、
「あ」より「ま」の方が波形が揃っていた
という観察も、
「まの方が正しい」
という結論ではなく、
「自分の発声では、子音を付けたときに何か運動上の条件が変わっているのではないか?」
という仮説を立てるための材料になります。
そして、その仮説を、
「ま」→「な」→「ら」→「あ」
などと比較しながら検証していく。
ボイトレでは、
できない事をただ繰り返すのではなく、できる条件を探して、そこからできない動作へ橋を架ける。
僕は、この考え方を大切にしています。
自分の声を録音してみると、普段は気づかなかった「できる条件」が見つかる事があります。
今回の「ま」のような小さな違いも、発声を理解するための大きなヒントになるかもしれません。
参考文献
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